あなたは知らず知らずのうちに子どものやる気を削り取るようなことはしていませんか?
今回は所長が幼少期の話を紹介したいと思います。
今でも鮮明に覚えている思い出すと少し悲しくなる話です。
上手な絵?正確な絵?って何だろう。
夏休みに親戚のおばさんの家に遊びに行った時のことです。
その家には少し年上のいとこがいました。
いとこが小学校の夏休みの宿題か何かの絵日記をおばさんに見せた時、
開口一番「なんで人の腕がこんなところから出てるの!?」といったのです。
その絵はいとこがサッカーをしている絵でした。
今思うと肩が描かれていなく確かに胴の上のほうから腕がにょきっと出ているように見えました。
絵の中のいとこはニコニコ笑っているのにいとこの顔は今にも泣きだしそうでした。
楽しかったはずのサッカーをした思い出の絵を叱られたのです。無理もありません。
「サッカー楽しかったね。またやろうね。」というような言葉が欲しかったのではないでしょうか。きっと楽しかった勢いのままその絵を描いたのだと思います。
人体の構造学的な視点から評価するならそれは正確ではないでしょう。
でもそれ以上に大切にすべきことは「楽しかった感情を絵に投影することが出来た」ことだと思います。楽しかったサッカーを思い出して絵の中の自分も笑ってボールを追いかけている。
感情表現の一つとして正確ですよね。
「ピアノ=叱られる習い事?」
小学校に通い始めて少ししたころに友人宅に遊びに行った時のことです。
一緒におもちゃで遊ぼうと誘われたのですが、「ピアノの練習してから遊びなさい」と友人に母親からの一言。
「友達が遊びに来る前に練習しておく」というのがルールのようです。
おもちゃを置いてピアノに向かい両手で弾き始めました。
その友達は幼稚園の頃からピアノを習い始めたそうです。
ピアノ弾けるなんてすごいなぁ。と見ていたら、、、。
「どうして指が伸びてるの?手の形は卵を持つような形でしょ!!」
と強い口調で注意されていました。
その友達も注意されて意固地になったのでしょう。
意地でも手の形を直すことをしません。何度も叱られていました。
そばで聞いていたもくお所長も思わずびっくりしてしまいました。
「ピアノはやったら怒られる」そう強く心に刻まれてしまいました。
その友達がなぜピアノを習い始めたのか分かりません。
そのあとしばらくしてピアノ教室はやめてしまい、おとなになった今も弾けないということです。
帰宅後母親から「あなたもピアノ習う?」と聞かれましたが
叱られている友達の姿を思い出し、「ヤダ!」と即答したのを覚えています。
親の思いとして
肩のないサッカー少年の絵も、ピアノを弾く時の手の形も、どちらの例も「正しく」という親の気持ちがあったのでしょう。
親になった今だからそう言いたくなる気持ちもわかります。でも、まずは表現したことを褒めてあげませんか?
叱られたことで絵やピアノが嫌いになってしまい、自己表現を怖がり、
やがて感情を出すことをやめることに繋がってしまうのではと心配でなりません。
頭ごなしに叱られて萎縮するのは子どもだけではありませんよね。
繰り返しになりますが、表現した事実を褒めて子どもの「楽しい!」を大切にしてあげましょう。
絵が好きになってもっといろいろな画材を使いたいとか、詳しく描いてみたいと思うようになれば。
新しい画材の使い方を覚えたり、写生であればよく細部まで観察したりするようになるでしょう。
ピアノが好きになってもっといろいろな曲を弾きたいとか思うようになれば。
自然とテクニックは身につくと思います。
楽譜通りじゃなくても、人差し指だけしか使わなくても、ピアノって楽しい。音を出すのって楽しい。
そう子どもが思ってくれたら大成功だと思いませんか?
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